Luco曼荼羅ファーストテキスト④

愛おしい曼荼羅

さて、これまでは私の中の経緯や感覚的なものを説明してきたのですが、実際のところ曼荼羅ってどう描くの?皆さんが知りたいのはそこですよね?

 技術的な事はいずれこのサイト内で詳しく説明することにして、最後に1つだけ、曼荼羅を描くにあたって私が最も大切に思う事をお話させてください。

 「綺麗な曼荼羅」を描きたいと思ったら、それはある程度の道具や画材、そして技術、経験、知識が必要になってくるでしょう。しかし、「愛おしい曼荼羅」を描きたいと思ったとき、そこに必要なのはたった1つです。

 とことん自分と向き合う事。ただそれだけです。

 その奥で出会う自分自身を見つけた時、それが曼荼羅に宿るのです。形だけが整ったものではなく「愛おしい曼荼羅」に変化する。

 なぜ嬉しいと思うのか?なぜ悲しいと思うのか?なぜ怒っているのか?なぜ不安になるのか?感情の奥の奥に本当の自分が「見つけて欲しい」と待っているはずです。

 そして形のない感情の奥深くに隠れていた自分を曼荼羅という形にする。それを客観的に覗いたとき、思うのです。

「なんて愛おしい曼荼羅なんだ。」

 不器用でも、崩れていても、歪んでいても、欠けていても、そこにあるのは愛おしい曼荼羅。だってそれは自分自身なのだから。

そう、曼荼羅は自分自身なのです。

 ある人が教えてくれました。

「曼荼羅に失敗はないよ。」

 これは、そういう意味なのだと思います。

 とことん自分の奥の奥に向き合う、その手助けをしてくれる、その全てを包み込んで抱きしめてくれる。それが私の目指す曼荼羅です。

 だから、自分が描いた曼荼羅に込められたものは、自分以外の誰かが理解しようがしまいが関係ない。他人にどう見えるか?は他人に任せておけばいいのです。

 自分だけが自分の最高の理解者であるように。そんな唯一の曼荼羅に皆さんが出会えるように。私にもお手伝いをさせてください。

      〜Luco〜

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